ちいさなぷみっちょ

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体調が……、年齢のせいか?

鼻かぜ(すごい詰まりようでした。食べ物の味もしなかった)と、肩こりからくる頭痛(除夜の鐘の中にいるようだったー)でふせっており、ブログ滞ってしまいました。ボチボチ体調が戻ってきたので、また来週からがんばります~(来週からかい!って感じですよね、ハハハ……)。

不思議~

ぷみっちょが生まれて2年とちょっと。
今でも、ちいさな子どもが四六時中そばにいるって不思議~と思う。
家で二人きりのとき、私がキッチンに行けばキッチンへ、寝室に行けば寝室へ、座れば膝の上に、寝ころべば体の上にと、まとわりついてくる。
ぷみっちょは基本的に愛想がいいので、よくニコニコしながらちいさな瞳で私を見上げている。親でもない、兄弟でもない、オットでもない、何なんだろう? この近さは。ぎゅっと、抱きしめたくなる。

知るということ

今日(2007年05月30日)の朝日新聞1面に、DNA構造発見者ワトソン博士のゲノム(DNAの全遺伝情報)が公開されるという記事があった。
息子2人のうち1人が精神疾患という博士の言葉を抜粋する。
 
「(病気の原因が遺伝子とわかると)子どもが何かをできないときに、怒るのではなく、手助けしたいと思うようになるなど、人々がより慈悲深くなるだろう」(朝日新聞記事より)

ぷみっちょは生まれて1カ月で15番遺伝子の欠失によるPWSと診断された。PWSだろうという憶測の類ではなく、科学的な根拠に基づいた覆すことのできない事実として……。必死で調べたPWSの症状も受け入れがたいものばかりだった。それでも、PWSとはっきりわかってよかった。前述の博士の言葉どおりと思うから。

話はちょっと変わるけど。
知るということは、時に辛いこともあるけれど、やはり大切なことだと思う。何かを知れば、その次を考えることができる。いらない情報であれば、捨てればいい。わからない情報は、わからないなぁとわかればいい。人は誰でもそれぞれの価値において、判断できるのだから。情報を操作されてしまうと、正しい(と信じられる)判断ができなくなると思うのだー。知らなければ始まらないしさ。

寄り添ってあげたい

少しずつ以前のことをブログに書こうと、2005年の手帳をめくっている。
最初のころは、せっぱつまっていたよなぁと少し切なくなる。
「赤ちゃんががんばっているのに、お母さんががんばらないでどうするの?
いつまで泣いているの!(あたりはばからず、ずっと泣いてたから。)」と言われた。
おいおい、それは禁句だろう? とツッコミを入れたかったが、
当時の私には気力も余裕もウィットも? なかった。
赤ちゃんじゃなくて、私がかわいそうで、辛くて、悲しくて、心がしめつけられるように痛いんだよぉと。
たった2年しか経っていないけれど、今はもうそんなふうに思わない。
言い古されたことばだけれど、どんな傷でも必ず癒えるのがわかったから。
ただそっとあの頃の私に寄り添ってあげたい。

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